![]() | デキる人は皆やっている 一流の人脈術 (アスカビジネス) (2008/11/07) 島田 昭彦 商品詳細を見る |
人脈をメンテナンスすることの大切さを教えられたはいいが、
その方法がよう分からんかったので、そういう意味では大変ためになる1冊。
・いきなり凄い人と繋がらなくていい、半径5mから
・まずは3人の人脈を
・短く細く続けていこう。まめに近況報告を。
・昔の同級生や大学のOB会を大切にしろ
などなど、人とつながり、人生を豊かにするために
活かせるのではないか。
![]() | ブラッド・ダイヤモンド (2007/09/07) レオナルド・ディカプリオジャイモン・フンスー 商品詳細を見る |
紛争で資金が必要になったグループが採掘した「血のダイアモンド」
これの凄惨な現場と世界に流通されている現実を描いた作品。
ただこれと同時に、
少年兵の存在をクローズアップして描かれてもいる。
家族が少年兵となり、
父親に銃を向ける場面、
父が必死に心を取り戻させようとする場面にはハラハラさせられた。
いつかダイヤを手に取る時、
この映画のような現実を想像するのかもしれない。
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![]() | CUBE (1999/03/17) モーリス・ディーン・ウィント 商品詳細を見る |
不条理。
元々ストーリーは何となく知ってたのだけれど、
やはりカフカの『変身』のような不条理さ。
密室に入れられた人々が、
段々とイライラを募らせ、憎しみを抱き、
殺しあうまでに至るということ、
そして、
当初はお荷物だった一人が
途中から鍵を握るようになることなどは、
社会の中でも同じで、
追い詰められると
どんな人間もエゴをむき出しにするし、
人の能力は環境や状況が変われば、
その力がプラスになったりマイナスになったりする。
そんなことを考えさせられた作品でした。
あとは全体として
怖ぇ
でも続編も見たい。
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![]() | 外資系トップの仕事力II―経営プロフェッショナルはいかに自分を高めたか (2008/10/03) ISSコンサルティング 商品詳細を見る |
★学んだこと
1.外資のブランチだからできない、ではなく、自分達がどうしたいのか、
考える。
2.物事を言語化すれば、人に教えられる。
3.オフィシャルな言葉でなく、現場の本当の声を聞け。
4.今の役職の1ランク上の仕事をしろ。
5.自分から積極的に進捗を報告するかどうかで、当事者意識が分かる。
6.自分が魅力に感じることを突き詰める。
7.製品の質+知覚される品質から唯一無二の価値を生み出すのが
マーケティングと言う仕事。
☆感想
大好きなシリーズの第2弾が出ました!
今回もマイクロソフト社長の樋口さんや、WBSでおなじみ御立尚資さんなど、
10人の外資系企業トップがこれまでの自分の歩みと思いを語っています。
今回思ったのは、コンサルタントとして戦略を作ったり、
ブランドマネージャーとしてそのブランドを“経営する”という経験は
いざ経営者になった時に生きてくるものなんだと。
前回のこの本に比べてトップの経歴も多様なものになって、
「コンサル・MBA・ブランドマネージャー」一辺倒ではないけれど、
それでもこれら以外でマネジメントに携われるチャンスは
日本法人社長か、もしくは起業する位しか思いつかない。
そう考えれば、上の3つは比較的門戸が開かれている
(言い方は悪いが)ステップなのではないかと思う。
とはいえ、今の僕はスキルも能力も無い。
経験ももちろんだが。
今後身に付けていかなければいけないことは
・論理的思考力(哲学的な筋道立てて考える思考)
・語学力
・倫理観
・リーダーシップ
・判断力
・戦略の作り方
他にも財務の知識とか、人とのつながりとか…
やはり上に立つ人間というのは多くの力を
総合的に求められるものなんだな。
僕が今お世話になっている先生は、
「学問というものは、二人称で展開される。だから仕事でも二人称的な考え方が役立つ」
と言います。
後半はその通りだと思います。
相手のことを思いやって行動して、初めて仕事になる。
ものづくりも接客業もその点は同じ。
問題は前半。学問は二人称か?
学問は主観でなく、
客観的な事実、疑いようのない事実を元に展開されるものだ。
だからこそ、より客観的な、筋道の立った考えを立てることができる。
だが客観てのは、
「わたし」でも「あなた」でもないものから見た「わたし」と「あなた」であって
それは三人称だ。そう考えると、学問は二人称ではない。
つまり、何が言いたいかというと、
学問をやったからといって、仕事ができるようになる訳ではない。
三人称である学問が、
二人称である仕事には、
必ずしも役立つわけではない。
それよりも、相手の事を思いやれる能力の方が
よっぽど仕事に必要だと思う。
それってつまり、コミュニケーション力じゃんw
これを面と向かって言ってみたいが俺の命が(笑)
ところで、
「わたし」抜きで「あなた」はいない。
二人称小説とかあって、そこでは
「あなたが~」とか話が進むのだろうけど、
そこには「わたし」がいる。
三人称なら主観を排した表現もできるだろうけど、
二人称というのは一人称無しには存在し得ないから、
そこには必ず「わたし」がいる。
これを突き詰めていったら研究対象になるのかな?

「学問というものは、二人称で展開される。だから仕事でも二人称的な考え方が役立つ」
と言います。
後半はその通りだと思います。
相手のことを思いやって行動して、初めて仕事になる。
ものづくりも接客業もその点は同じ。
問題は前半。学問は二人称か?
学問は主観でなく、
客観的な事実、疑いようのない事実を元に展開されるものだ。
だからこそ、より客観的な、筋道の立った考えを立てることができる。
だが客観てのは、
「わたし」でも「あなた」でもないものから見た「わたし」と「あなた」であって
それは三人称だ。そう考えると、学問は二人称ではない。
つまり、何が言いたいかというと、
学問をやったからといって、仕事ができるようになる訳ではない。
三人称である学問が、
二人称である仕事には、
必ずしも役立つわけではない。
それよりも、相手の事を思いやれる能力の方が
よっぽど仕事に必要だと思う。
それってつまり、コミュニケーション力じゃんw
これを面と向かって言ってみたいが俺の命が(笑)
ところで、
「わたし」抜きで「あなた」はいない。
二人称小説とかあって、そこでは
「あなたが~」とか話が進むのだろうけど、
そこには「わたし」がいる。
三人称なら主観を排した表現もできるだろうけど、
二人称というのは一人称無しには存在し得ないから、
そこには必ず「わたし」がいる。
これを突き詰めていったら研究対象になるのかな?
身近なもの(家族、地元、彼女、京都)が大切で、
人に囲まれて生きていく(ただし大勢ではなく、狭く深く)人間であり、
人とコミュニケーションをとるのが楽しくて、
海外は確かに憧れるけど、
すぐ傍にだって良いと思えるものはあるし、
まずは自分の周囲を固めていくというか、
例えば、貧困に喘ぐ子供を助ける仕事をしている人が自分の
子どもを満足に育てられないなんて事があったら、
どうなんとか思ったりする。
世の中に広く役に立つ仕事がえらくて、
例えば自分の部屋の床を掃除することが大したこと無いのかといえば
それは違うと思う。
それぞれに意味はある…って事を言いたいけど言葉で表せん、このニュアンス。
まとまりがないですが、
私はこんな人間なんだなということが
少し分かった飲み会でした。
そして今日一番大事だと思ったことは、
自分と限りなく近い考え方を持った人と深く突っ込んだ会話をすると、
とても実りある、こんな自分がいたのかよってぐらいのアイデアが
生まれてくるんだねってこと。
自分と合うと思った人、深く深く何でも話せると思った人は特に大切にしましょう。

人に囲まれて生きていく(ただし大勢ではなく、狭く深く)人間であり、
人とコミュニケーションをとるのが楽しくて、
海外は確かに憧れるけど、
すぐ傍にだって良いと思えるものはあるし、
まずは自分の周囲を固めていくというか、
例えば、貧困に喘ぐ子供を助ける仕事をしている人が自分の
子どもを満足に育てられないなんて事があったら、
どうなんとか思ったりする。
世の中に広く役に立つ仕事がえらくて、
例えば自分の部屋の床を掃除することが大したこと無いのかといえば
それは違うと思う。
それぞれに意味はある…って事を言いたいけど言葉で表せん、このニュアンス。
まとまりがないですが、
私はこんな人間なんだなということが
少し分かった飲み会でした。
そして今日一番大事だと思ったことは、
自分と限りなく近い考え方を持った人と深く突っ込んだ会話をすると、
とても実りある、こんな自分がいたのかよってぐらいのアイデアが
生まれてくるんだねってこと。
自分と合うと思った人、深く深く何でも話せると思った人は特に大切にしましょう。
何のために学問をするのか。
学問を突き詰めていって意味はあるのか?
僕は思う、
学問で立てられた問いに意味は無いかもしれないし、
答えも出ないかもしれない。
でも、それを考えることに意味はあるんじゃないかと思う。
考えるという行為を行うことが、人間として大切なのではないかと思う。
ではなぜ考えることが大切なのか。
実社会においては、
筋道立てて考えた経験を仕事に生かせたりする、という答えが出るかもしれない。
でも僕は、
人間が考えるという能力を有しているからこそ、考えることが大切なのだと思う。
それが人間の全ての始まりだから。
「人間は考えるものだ」という問いはおそらく正しい。
なぜなら、
↑この「なぜなら、」を考えている時点で証明されるから。
それは違う!と言った時にも、その言葉は頭で考えて発せられているから。
デカルトさんが全て疑っても考えてる自分は疑いようが無かった程、
考えるという行為は人間にとって大元の事象なんですね。
そんな、人間としての大元の行為なんだから、
それを放棄することは人間であることを放棄することなのではないだろうか。
だからこそ、
考えることは人間であるためには大切なんだと思う。
そして、学問は筋道立てて考えるという行為を行うための、
テキストもしくは道具もしくは材料みたいなもんなんだろう。
ただ学問すらも考える人間によって生み出されたものなんだよな。
人間が考えることができないのは、何も知覚できない時だろうか。
他にもあるのかもしれないが、今思いつくのはそんな時ぐらいだ。
まとめとして、
学問をするのは、人間であるため。
学び考え続けることによって、
人間であり続けるのだ。

学問を突き詰めていって意味はあるのか?
僕は思う、
学問で立てられた問いに意味は無いかもしれないし、
答えも出ないかもしれない。
でも、それを考えることに意味はあるんじゃないかと思う。
考えるという行為を行うことが、人間として大切なのではないかと思う。
ではなぜ考えることが大切なのか。
実社会においては、
筋道立てて考えた経験を仕事に生かせたりする、という答えが出るかもしれない。
でも僕は、
人間が考えるという能力を有しているからこそ、考えることが大切なのだと思う。
それが人間の全ての始まりだから。
「人間は考えるものだ」という問いはおそらく正しい。
なぜなら、
↑この「なぜなら、」を考えている時点で証明されるから。
それは違う!と言った時にも、その言葉は頭で考えて発せられているから。
デカルトさんが全て疑っても考えてる自分は疑いようが無かった程、
考えるという行為は人間にとって大元の事象なんですね。
そんな、人間としての大元の行為なんだから、
それを放棄することは人間であることを放棄することなのではないだろうか。
だからこそ、
考えることは人間であるためには大切なんだと思う。
そして、学問は筋道立てて考えるという行為を行うための、
テキストもしくは道具もしくは材料みたいなもんなんだろう。
ただ学問すらも考える人間によって生み出されたものなんだよな。
人間が考えることができないのは、何も知覚できない時だろうか。
他にもあるのかもしれないが、今思いつくのはそんな時ぐらいだ。
まとめとして、
学問をするのは、人間であるため。
学び考え続けることによって、
人間であり続けるのだ。
この前行ったばかりの石見銀山で↓
<世界遺産>島根大生が石見銀山遺跡の岩を採取、持ち帰る
昨日か一昨日か、
熊野古道の森林を無許可で伐採したというニュースもありました。
その価値を分かっていればやらないと思うし、
やるとしても、事前に許可を取る必要のあることぐらい分かりそうなもんですが。
世界遺産登録には
政治的ルートで手を回しただの、
守るといってるくせにそれを使って観光客を呼ぶなだの、
色々な意見があります。
僕も選考基準は特定文化の思想や国の思惑に偏っていないか、
そもそも普遍的な価値ってなんだ、とか考えます。
ただ世界遺産に登録されるということは、
それを残していく必要があると決めたから厳しく保護されるのであって、
一部の人の利益のために使われる所以はありません
(でもそう言っちゃうとじゃあ世界遺産をなんで公開するのかという話にはなるけど)
もちろんこれはほんの一部を切り取った、伐採したとの事ですが、
こうした事が続けば世界遺産としての価値が損なわれてしまうかもしれません。
UNESCOに一番コミットしている日本で、
こうした自然や文化ををないがしろにする様な事が起これば、
その行動も形だけになってしまいます。
また登録に際しても、
そして今どうやって保存していくのかということに際しても、
多くの人が取り組んでいます。
それを無駄にするようなことがあってはならない。
世界遺産をただの観光地と認識せず、
まず最初に「守っていかなければいけないんだよ」という
意識を持ってもらわなければ、こうした状況はなかなか変わらないのではないでしょうか。
世界遺産↓

<世界遺産>島根大生が石見銀山遺跡の岩を採取、持ち帰る
昨日か一昨日か、
熊野古道の森林を無許可で伐採したというニュースもありました。
その価値を分かっていればやらないと思うし、
やるとしても、事前に許可を取る必要のあることぐらい分かりそうなもんですが。
世界遺産登録には
政治的ルートで手を回しただの、
守るといってるくせにそれを使って観光客を呼ぶなだの、
色々な意見があります。
僕も選考基準は特定文化の思想や国の思惑に偏っていないか、
そもそも普遍的な価値ってなんだ、とか考えます。
ただ世界遺産に登録されるということは、
それを残していく必要があると決めたから厳しく保護されるのであって、
一部の人の利益のために使われる所以はありません
(でもそう言っちゃうとじゃあ世界遺産をなんで公開するのかという話にはなるけど)
もちろんこれはほんの一部を切り取った、伐採したとの事ですが、
こうした事が続けば世界遺産としての価値が損なわれてしまうかもしれません。
UNESCOに一番コミットしている日本で、
こうした自然や文化ををないがしろにする様な事が起これば、
その行動も形だけになってしまいます。
また登録に際しても、
そして今どうやって保存していくのかということに際しても、
多くの人が取り組んでいます。
それを無駄にするようなことがあってはならない。
世界遺産をただの観光地と認識せず、
まず最初に「守っていかなければいけないんだよ」という
意識を持ってもらわなければ、こうした状況はなかなか変わらないのではないでしょうか。
世界遺産↓
![]() | Bowling for Columbine (Sub Dol) (2003/08/19) Michael MooreDick Clark 商品詳細を見る |
今までちゃんと観たことなかったのですが、
授業で扱われていたのと、TSUTAYA半額だったので
観ることに。
授業では、最後のチャールトン・ヘストンのインタビューの部分で
マイケル・ムーアが二元論的価値観に陥っていること
(NRA会長のヘストンが悪のような描き方)を挙げていましたが、
私はほぼ全編に渡ってヘストンが「悪」として描かれていたと思います。
そもそもコロンバイン銃乱射事件をテーマにした時点で
銃に対して肯定的な見方がされるとは思えないので、
それの所有や使用を推進するNRA会長が
肯定的に描かれることは無いのではないかと思います。
これとは別に、ドラマもドキュメンタリーも製作者の考え方を
表現しているものである以上、例え登場人物が台本に沿って
喋っていようがインタビューに応じた形であろうが、
それは製作者の意図によって編集され、
表現されるものであると思いました。
自分に都合のいい意見を言ってくれれば良いし、
そうでなくても編集の仕方で幾らでも発言の印象を変えられるもんね。
テーマ:今日のレンタルDVD/ビデオ - ジャンル:映画
![]() | 「お金を稼ぐ!」勉強法 (2008/07/18) 藤井孝一 商品詳細を見る |
★学んだこと
1.何のために学ぶのか。勉強が「投資」であるなら、
それを回収することを考え勉強するべきだ。
2.回収を考える以上、独りよがりのやりたいことでなく、
世の中の、人の役に立つことを勉強し、実践しろ。
3.知識を付けてから専門家を名乗るのでなく、
専門家を名乗ってから知識を付けていけ。
4.無駄な時間を削れ。そのために「聖域」を作るな。
朝を有効に使え。
5.目標をブレークダウンして、
小さい目標を達成していく喜びを味わえ。
6.物事の全体像をまず理解することに努め、
広く浅くを何回も繰り返せ。
7.やると決めたら、とにかく3週間(21日間)考えずに続けろ。
☆感想
著者の、ただ勉強しても周囲の評価や成果UPに繋がらなかった経験や、
難関資格を持っていても食えない人もいるということを踏まえて、
勉強したことでどうやって稼ぐのかを書いている。
行政書士の「自由に戸籍謄本を入手できる」ことを
生かして家系図作りの仕事をしている人や、「英語」+「上手なメールの書き方」
=英文メールの上手な書き方といったように、自分の力をどう生かすかが
大事だということです。
「お金を稼ぐ!」と書かれると、
意地汚いとか、露骨だとか思ってしまう自分が若干いましたが、
じゃあ何のために勉強するの?
と自分に問いかけてみて、勉強のための勉強に陥っていることを
自覚することができました。
インプットをどうするかより、
アウトプットをどうするか、行動していきたいです。






